「桜鬼の季節」     

                   落合 芳和 作

 

序歌章

 

 運命(うんめい)、それがもしあれば、

 君との出会いがそうかもしれない。

 僕は今、思うよ。

 君こそが僕の光だと。

 今は二人、別々の道を行き、たまにメールを

するだけ。戻らない時を、悔やんでも仕方ないけど、

僕はまだ君が好きなようだ。

 自分でも呆れてしまう。

 こんな詩(うた)も、ほかの誰かには詠えない。

 君がいれば、何も怖いものなどない。君がいれば、どんな敵とも戦える。

 けれど、もう君の中には僕はいない。

 僕の現実(リアル)にも君はいない。

 君をいつまでも守ると誓ったあの日。

 戻らないあの日。

 それを詠ってみたいと思うよ。

 

   第一歌章 光、あれ! 

 

 空が、見えた。

 僕は落ちた。

 落ちてゆくとき、僕の脳裏に死が浮かぶ。

 命。

 僕は足を怪我しただけだった。

療養のため、仕事休む。

退屈な僕は、悪戯半分、本気半分。

「彼女、欲しい。紹介して」

 友達にメールする。

 彼、旅先にも係わらず、

「オッケー!」

 とのこと。

 落ちたとき、死さえ頭をよぎったのに、

もう新しい恋の予感に胸躍る僕。

 光、あれ!

 光、あれ!

「はじめまして」

とメールが来た。

君のはじめてのメール。

ごはんのおかずと好きなアーティストの話。

 その日君は、好きなアーティストのライブに

行ったことを話してくれたね。

 光、あれ!

 光、あれ!

 僕の二度目の恋愛。

 このときはまだ二人、友達同士。

 胸躍るミレニアム。

 春近し、弥生三月。

 光が差した二十五才の春。

 君と過ごした三月。

 

   第二歌章 告白は噴火とともに

 

 君との毎日のメール。

「おはよう」

から、

「おやすみ」

まで。

 メールの尽きない楽しい日々。

 いつしか僕の中に君の存在が溢れてきたよ。

 毎日が、幸福感で満ち溢れた日々。

 怪我が治り、仕事に復帰。

 昼休み、

「こんにちは」

ではじまり、

「おつかれさま」

で終わる。

 君と出会って、初めて人を愛することを知った。

 存在が、溢れてしかたない。

 火山が噴火した日。

 僕の気持ちも噴火したよ。

「好きだよ」

「自信ない」

「大丈夫」

「本当に」

「僕のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけど……」

「きっと、もっと好きになる」

「本当に? 本当に大丈夫?」

「まかせなさい」

「うん、ありがとう」

「好きだよ」

「あたしも、すきよ」

 火山が噴火した日。

 二人の気持ちも噴火したよ。

「春休み中に会えればいいね」

「会いたい」

「あたしも」

世界は光輝き、希望に溢れる。

火山は噴火し、絶望が覆っても。

二人はそのとき至福の中。

 

   第三歌章 逢瀬

 

 桜散る。

 港、神戸。

 従兄弟の結婚に、将来の二人重ねる僕。

「今、どこ?」

君のメール。

「今、神戸。従兄弟の結婚式」

僕の返信に、君の嬉しそうなメール。

「今、梅田。会えるかもね」

「会えるよ」

 胸高鳴り、式の終了と共に、君のことを思う。

 まだ会わぬ君は、どんな女の子?

 電車を待つ時間が惜しい。

 飛び乗るように電車に乗り、一駅、一駅二人の距離が

縮まる。

 梅田、紀伊国屋書店。待ち合わせ場所に、

指定する。

 未だ見ぬ君。

 メールでは広末涼子。

 その瞬間。

 やがて来る。

 君、白のブラウス。緑のタイトスカート。

 僕、白いカッター。黒の背広。ネクタイ白く、

汗をふく。

 君は、広末涼子ではなかったけれど、そのとき僕は、誓ったよ。

 君を幸せにすると。

 二人、照れながらも、会話は弾む。

 カラオケデート。

 君との楽しい時間。

 光陰矢の如し。

 帰り際、再会を約す。

夕日沈み。帰路につく。

僕は、二人の未来を信じて疑わない。

 

   第四歌章 暗雲

 

「あなた優しい人。あたし、自信がない」

 君のメールに、

「どうして?」

 付き合ってみなければ解らないのに。

 どうしてなのか聞いてみる。

 初めての恋愛。

 はじめて付き合う男性。

 僕も、付き合うのは初めてだ。

自信のない君を、勇気付けたい。

そう願う。

 けれど、思い届かず。

「いい人みつけて」

 君からの電話。

 悲しく思う僕。

 光は差さないの?

 僕は愛せないの?

 自信がないから、別れたい気持ち判るけど、

だけどどうして?

 悲しみが胸に広がる。

 鉛色の空。

 雨、降り。

 友来たる。

「また出会いあるさ」

 友の励ましに、元気を取り戻す。

 僕は、君を忘れられぬまま、新しい恋を探す。

 

   第五歌章 かっこつけマンの詩

 

 本当は、分かっている。

 まだ忘れてないこと。

 君からの別れの言葉に、納得いかない。

 けれど、平気なふりをする。

 すぐに新しい子みつけた。

君をわすれようと試みる。

 映画を観終えた帰り。

「また会おうね」

 社交辞令の言葉。 

 彼女と別れて、すぐに

「後悔してるみたい」

と女友達からメール。

 内心嬉しいのに、かっこつけて新しい彼女と映画に

行ったことをメールする。

 かっこつけマン。

 自分の心に嘘をつく。

 電車の中で走り回りたいくらい嬉しいくせに、かっこつけて、自分に嘘をつく。

 新しい彼女から

「昔の彼氏を思い出した」

と言われてホッとしている。

 ほんとに好きなのは、君なんだ。

 僕が心から愛せるのは、君なんだ。

 だけど、かっこつけマンの僕は

「友達から」

と上辺だけの当たり障りのない言葉で、

今度は君に嘘をつく。

 心が痛くて仕方ない癖に。

 あの時の嘘を悔いても、時間は二度と戻らない。

 そんなかっこつけマンは、今日も自分に嘘をつく。

 あのころと変わらないまま。

 

   第六歌章 戸惑い

 

 後悔しているんでしょ?

 君は、バイト先で知り合ったアイツの話。

もどかしいよ。

どうしてそんなヤツの話、僕にするの?

駆け引き?

どうして?

信じられない?

自信がないから、駆け引きするの?

あんなヤツより僕を信じて。

君の事を一番に考えている僕を。

君を振り向かせたいよ。

わざとらしい駆け引きなら、その手はくわないよ。

 そんな安っぽいヤツじゃないよ。

 お望み通りに妬いてみせようか?

 どうして? 誰かに吹き込まれたの?

 六月の雨。

 寂しさ募るよ。

 君を振り向かせたい。

 そのためならば、どんな手段も厭わない。

「メル友になりたいって友達いてる」

君からのメール。

 もしも僕が、違う誰かと恋しているところを君に見せれば、君は振り向いてくれるかな?

 幼稚な駆け引きが、運命を狂わせる。

 君を愛しているのに、誰かを愛するなんて!

「いいよ」

君は、僕の本心を知らない。

 君の友達からメール来る。

 何回かメールする。その話を君にメールする。

「よかった」

なんて、メールくれるけど、本当にそう思っていた?

二人、幼稚だったね。

付き合うって話したら、喜んでくれた。

僕は君が好きなんだ。

僕も、幼稚だった。

君は、試したの?

君と友達どっちを取るか。

踊らされたのかな?

もう分からないよ。

どっちでもいいよ。

戸惑い。

僕は戸惑い、浮気した。

君だけを、ただ、君だけを見つめていれば、

良かったのに。

 

  閑話休題

 

 四月に一度別れることになった二人だったが、結局、Yのほうから、もう一度、メール交換をしたいと、

二人の共通の友人を通して申し込んできた。

この当時、僕は出会い系サイトで恋人を探すことに夢中になっている時期だったが、

Yとのことを忘れられずにいたので、再度メール交換からはじめようという風になった。

第五歌章はそのときの状況を詩にしたものだ。

二人の関係は修復できたと思っていたのだが、友達のアドバイスかどうか、今となっては分からないが、彼女のメールの中に、他の男性の話が入るようになる。

僕は、彼女の仕掛けた駆け引きだということに気付いていたのだけれど、あまりにも判り易い駆け引きに、正直うんざりした。

これが五月頃の話だと思う。

今から思い返せば、僕にも落ち度があったのだ。僕は、メールや言葉で、彼女に愛していると言ってはいたものの、具体的な態度で示すことがなかった。

「愛している」

とさえ言えば、駆け引きなど不要だと考えていた。

相手の立場に立って考えれば、本当に自分のことを愛しているかどうか分からなければ、他の男性の名前を出すのは、当然の成り行きではないかと思う。

こう考えると、彼女には申し訳ないことをしたなぁと感じる。

そういう後悔の念が、二十代後半ずっと持ち続けている感情だ。

 その鬱積を晴らす一つの方法として、こうして振り

返って、冷静に見つめてみようと考えた。

 僕らしいやり方は、小説にするか、詩にするしか方法がないように感じたので、こういう方法をとった。

 それはさておき。

六月、Yのほうから、彼女の友達で、当時短大生

だった、女の子を紹介された。

 これが、この長い閑話休題の主になる部分になると

思う。

「箱入り娘」

という言葉は、彼女のためにあるのではないかというくらい、僕にとって驚くことが多い子だった。

 特に印象深いのが、自分では電車に乗ることができないと言う話だ。

 二十歳の女性が学校と自宅までしか電車に乗れず、出掛けるときは、父親に目的地まで送ってもらうようにしているという。

それ以外の場合も、友人の後ろをくっついて歩かなければ、道に迷うというのだ。

方向音痴とかいうのかも知れないが、僕の人生の中では、出会ったことのないタイプの女の子だった。

 僕は、Yの気持ちを他の男性から反らせたくて、

彼女と付き合うという手を思いつき、実際そうした。

 初めての浮気だ。

 そして最後の浮気になった。

 Yの気持ちをこちら側に振り向かせようと、画策して実際やってはみたが、彼女の言葉は意に反するものだった。

「二人が幸せなら、あたしは応援する」

というものだった。

 彼女なりの悔しい気持ちの表現だったのかも知れない。今なら、そう考えることができるのだが、当時は、上辺のことしか考えなかった。

 僕は、CとのことをYに話すようになった。

 彼女からは一度も違う男性の話などなかったのに。

 Cとは、天神祭りと大阪城公園のライブに行った。

 その後、八月に入ってから、彼女からメールや連絡がなくなり、何回か掛けた電話で、両親に僕との交際を反対されたので、別れなければならなくなった。

 僕も、Yほどには思ってなかったので、彼女とは、それっきりになってしまった。

 そういう経緯があって、やっぱり自分にはYしかいないと思うようになった。

 都合のいい考え方だと思う。

 結局、僕はその場の空気に流されているだけではないか。好きならば、そうとはっきりYに告げるべきだし、やっぱり浮気するのは、良くない。

そのために、あれから七年経つというのに、僕はまだ自責の念を持ち続けている。後悔しきりだ。

 詩は、そんな浮気の後の二人の関係、そして破局へと続く。

 それでは、今少し、お付き合いくださるよう、よろしくお願い申し上げます。

 

   第七歌章 八月十三日

 

 あの子とはもう関係ないよ。

 これからは君だけを見つめていたい。

繋いだ手が震える。

君を僕だけのモノにしたくて、食事に誘った。

 食事中、ずっと君だけを見つめていた。

 ずっと、ずっと。

 重なりたい。

 触れたいよ。

 君を知りたい。知りたくて、切ない。

 食事の後誘う僕の手に答えた君は、どんな気持ちだったの?

 どきどきで、張り裂けそうな心。

 早足で街を行く。

 二人、やましいことでもするように

「このことは秘密だよ」

と言い合う。

 その禁断の扉開けるとき、

僕たちはもう戻れない時を過ごす。

夢中で重ねた唇。

もう二度と離さない。

君の肌と僕の肌が一つになる。溶け合うように、

愛し合った。

ベルが容赦なくなり、一つの体が、再び二つへと別れる。

君を愛していると確認した。

僕は愛されていると思った。

あの瞬間、僕たちは一つになれたね。

けれど、それは、終わりの始まりでしかなかった。

後悔している?

してない?

重ねた唇は、真実だったよ。

ようやく、真実に近づいたのに。

二人は、ベルの音で別れる。

 愛することを知った夜、愛される喜びを知った夜。

 あの夜は、二人だけの秘密。

 誰も、知らない。

 二人の夜。

 八月十三日。

 真実の夜。

 

   第八歌章 指輪

 

 夜明け。

 僕は、そう思う。

 本当に君を愛す。

 君のその手をとって、

「これで二人、恋人同士だよ」

 指輪をはめて言う。

 君のはにかんだ表情が愛おしい。

 抱きしめる腕に力が入る。

 もう二度と君を放さないと、誓った指輪。

 僕の愛を形にした指輪。

 真実の指輪。

 君がそれを失くしたとき、

 どうして僕は、笑いながら、

「また新しいのを買ってあげる」

 なんて言ったのだろう。

 君に嫌われたくなかったから。

 君と別れることを恐れていたから。

 指輪のない君の手が泣いている。

 

   第九歌章 自転車

 

 君から自転車乗れないと聞いたとき、

 僕が乗れるようにしてあげたかった。

 君のためならなんだってしてあげるよ。

 君のためならなんだってしてあげる。

 秋。

 紅葉が眩しい公園。

 自転車に乗る練習を二人でした。

 幸せでみたされて、君だけを見つめる。

 他のものは一切入らない。

 神様、許されるのであれば、一生僕に

 彼女を守らせてください。

「さっき、初恋の人に似た人が通った」

 君の言葉に僕はバカみたいに答える。

「どんな人?」

 終わりの始まり。

 幸せは儚く、紅葉と共に散る。

 

   第十歌章 戻れない時の中で

 

 暗闇。

 涙。

 もう何もしたくない。

 君を失って、これから僕はどうすればいいの?

 自転車の練習で、君と行った公園で、君の初恋の人、現れる。

 昼、君に言う。

「結婚を前提に付き合いたい」

 君、しばらく考えて曰く。

「大学卒業してないと、ダメだってお母さんが」

 高卒で、専門学校が最後の僕。

 大学を卒業する君。

「わたしのどこが好き?」

「すべてを受け入れてくれたところかな」

「もういいわ。ごめん、醒めた」

その言葉に戸惑う。

 永遠の終焉。

 楽園の崩壊。

 すべてを失った瞬間。

 学歴が足りないから、別れが訪れたと思った。

 僕の役目が終わったと告げられ、そのまま別れて

しまった。

 あの日、君に何と答えれば良かったの?

 もう戻れないときの中で、僕はどう言えばよかった?

 僕はあの日の戸惑いを抱いたまま生きている。

 十月一日、扇町公園。夜、九時ごろ。

 物憂げに光る街灯。

 帰り道、街を彷徨う。

 どういう道で帰ったかも覚えていない。

 夜が、すべてを覆ってしまったよう。

 何もいらない。食事ものどを通らない。

 暗い部屋の片隅で、とめどもなく伝う涙を、ぬぐいもせず、ただただ、自分の無力を思う。

 君がいない。

 君の笑顔もない。

 明日、生きていく標がない。

 もう何もしたくない。

 誰も愛したくない。

 この暗闇に、僕は眠る。

 永遠不変を信じた。

 戻れない時の中で。

 戻れない時の中で。

 永遠不変を信じ、

 君の笑顔を信じ、

 二人の未来を信じた。

 けれど、もう君はいない。

 戻れない時の中で。

 僕だけが取り残された時の中で。

 

   終章

 

 七度目の桜舞う。

 出会いと別れ繰り返し、あの頃を思う。

 未熟ゆえに迷い、彷徨い、佇む。

 君を守りたかった。ずっとそばにいて君の笑顔を見たかった。

 様々な出会いの中で、あの頃解らなかったことが、

少し解るようになったよ。

 今はただ、こんな僕を一瞬でも愛してくれてありがとう。

 感謝を言葉にしたいよ。

 ありがとう。

 ありがとう。

 君がいたから、愛することの素晴らしさ、難しさ、

悲しみ、楽しみ、色々知ることができたよ。

 君がいてくれたことに感謝。

 ありがとう。

ありがとう。

今は別々の道歩くけど、君が幸せであるように願うよ。

僕はまだしばらく一人でいるつもりだよ。

心を整理して、静かに日々過ごして。

永遠を信じ、不変を信じ、未来を信じた。

けれど、今思う。永遠も不変もない。

だから、あの頃が光輝くのだと。

 君がくれた光を消すことなく、また歩き出すよ。

 ありがとう。

 ありがとう。

 君は僕の光でした。

 君に感謝。

 すべてに感謝。

 ありがとう。

 ありがとう。

(了)

 

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